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滝つぼ神楽解説
No.9. 霊界の記憶?
ドイツで初めて神楽を見た私は自分の神楽団の神楽しか見た事がなかったので、「一般人よりずっと神様に近い存在である神主さ
ん達が舞う神楽」というのは一体ど
んなものか、と興味深深でした。リハーサルに参加してみたところ、実際、私が出雲大社で身につけたお囃子のリズムよりテンポがずっと早く、随分と違っ
ていました。踊り方も違いましたが、出雲神楽と大きく異なるのは発声法で、殆ど「能」に近いと思いました。
こうしてリハーサルも終え、衣装もすべて身につけ、さあ、いよいよ舞台に出る直前。会長さんが突然「今回の舞台に出る交換条
件として、山王寺の神楽団を辞めて、神主神楽に移籍しなさい。」と言い出したのです。「ええっ!神主じゃないと入れないのに何で私が?」と聞いたところ、
「神主になる講習会に出て、神主の資格を取ればいい」との事。「えっ〜!神主ってそんな簡単になれちゃうもんなんですかあ???」と驚いた私。「いやいや
普通はそんなに簡単にはなれないけど、あなたは神様の事がわかっているから特別だ。」と言うのです。私は山王寺の神楽団の来年の公演の準備のための偵察に
来たのに、他の神楽団にスカウトされてどうすんの!という感じです。しかし正式にお断りする間もなく、あれよあれよという間に本番になってしまって出演し
てしまったので、今でもあの時の交換条件の事が気にかかっている私です。「舞台に出た、という事は、はいと答えたと同じ事だったんだろうか」と。
私の人生も、いろいろありますが、「今さら勉強して、神主の資格を取って、神主になってどうすんの?」というのが本音です
が、一方では「、神様の講習会とやらに出席して、神様の事をもっと勉強してみた」、という気持ちがフツフツと沸いたのも事実でした。
本番が始まり、是非見たいと思っていた神主神楽の舞を後ろから見ているのがちょっと残念でしたが、特に会長さんの舞には頭の
てっぺん
からつま先まで、すべての動きがしなやかで品格があり、芸術性が非常に高く、「これは民間芸能ではなく、芸術系だわ」、と感動してしました。
そして舞台の上で会長の「能のような歌声」を聴いているうちに、私は何故かとっても親しい人にやっと再会できた懐かしさと喜
びに包まれて熱くなり、涙がボロボロと流れて来たのです。それは、遠い記憶が蘇り、「昔私はここにいた、そして懐かしい人とやっと再開できた、、、」と
いった感覚でした。あれは霊界での記憶か何かだったのでしょうか??? 今でも謎です。
その日は、私の他にチャンガラを担当していた方が2人いて、私は他の2人のリズムを聞いて真似しながら、何とか演奏をしてお
りま
した。ところが、何幕目かが始まった時。演目は始まってしまったのに何故か小太鼓の方が舞台に登場して来ないというハプニングが起こりました。チャンガラ
の一人が様子を見に楽屋に入ってしまいました。でも来ない。2人目のチャンガラの方も楽屋に入ってしまいました。でも来ない。そしてチャンガラ2人も、小
太
鼓の人も来ないうちに、また奏楽が開始する場面になってしまったのです。仕方な
く長老は大太鼓からどっこいしょと小太鼓に椅子をすわり直し、演奏を開始。
笛も開始したので、一人になってしまったチャンガラの私も開始しないわけにはいきません。もう、こういう場合は、私が自分で何とかしようとせずに、神様に
任せてし
まって自分をカラにしてしまう方が得策だと直感した私は、太鼓に合わせて勝手に動いていく自分の手の動きの邪魔をしないように、とにかく自分を無にする
事に集中し
ました。
公演が終わって打ち上げの時、「私を一人置き去りにして酷い!」とチャンガラの二人に恨み言を言いました。二人は笑いなが
ら、「でも、ちゃんと演奏
できてたからいいじゃん!楽屋で聞いてたけど、ちゃんとやってみたいだったから、いいやと思ってさ。」という事でした。これもご神意だったのでしょう
か、、、。と
にかくあれやこれやで不思議な体験をした一日で
した。
次の日の朝、私はケルン中央駅で突然、酷い腹痛に襲
われ、凄まじい下痢をしました。それだけで下痢は止まったので、きっとあれは神楽を通して身体が浄化したからだったのだと思います。
筆:滝つぼ 2008年1
月
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