筆:滝つぼ 2008年1
月
執筆
ミュンヘンで団長の恩田さんから後継者不足で悩んでおられる事をお聞きし、「若者の関心を引くには、海外公演が一番!」と思った私は、
2005年6月に
ジークブルグとメアブッシュ(デュッセルドルフ)でドイツ公演を開催。2006年5月には次の公演準備のために島根を訪問し、2007年には安来節と共演
で、ドイツ3箇所(ゾーリンゲン、ジークブルグ、デュッ
セルドルフ)での公演を実現しました。
こうして神楽団は3回の訪独で7回もドイツ公演をし、そのどれもが大成功でした。にも関わら
ず、ドイツでのこの輝かしい成功は、地元では殆ど知られてもいない様子で、せっかくの海外での成功も、後継者獲得には殆ど効果を与えませんでした。私があ
れだけ全身全霊を込
め、家族も仕事もすべて犠牲にして成功させたドイツ公演。しかし、たとえ公演は成功しても、後継者が育っていかない事がわかった今となっては、「私の努力は一体何だったのだろうか、、、、」と考えさせられる思いがします。
今にして思えば、「海外公演を実現させさえすれば、後継
者は増える」と信じて頑張っていた頃の私は何と短絡的でおめでたかったのでしょうか。「海外公演をやる事」と「後継者が増える事」は直接的には関係しな
い事は、よく考えてみれば、すぐにわかる事だったはずなのに。
結局、ドイツ公演は「目的と手段」がずれて「費用対効果」は最低となってしまったので、「結果的には失敗であった」と認めざるを得ません。
せめて海外公演も地元の行政がきちんと理解し、神楽団達が「地元の代表者として選
抜されて、参加者は無料でドイツに行ける」とかいうのであれば、「ただで海外に行きたい一心で神楽に入った」という若者も大勢出る事でしょうが、今のよう
に地元の行政がまるっきり知らん顔で協力体制がなく、団員達個人が多額な自己負担を背負わされ、団長が頭を下
げて参加者に協力を願っている状態では、ドイツに何度来ても後継者が増えないのは当然な事です。
私もよ
もや地元行政がこれ程までに何も協力してくれないとは思わなかった
のですが、これは実際にやってみるまではわからなかった
事だったのです。もし、地元行政にきちんとした協力体制がありさえすれば、こんなにも「手段」と「目的」がかけ離れてしまう結果にはならなかっただろうと
思います。実際、2007年のドイツ公演を共に手がけた
安来市の「かくあるべき理想的やり方」を見れば、地元行政が動きさえすれば、こんなにも容易に達成できるものである事は既に実証されています。
ドイツでは、ドイツ人はもちろんの事、「ドイツで初めて神楽を見た」という日本人も大勢おり、神楽が人々に絶賛
され、愛され、感動されました。また、大勢の日本人も、ドイツ人も、色々な企業や団体の人達も、どれだけ多くの方々が神楽公演のために多大なる協力をし
て下さった事か、一言では言い尽くせない程です。
ドイツにいる人達を感動させ、協力を得る事はこんなにもたやすい事なのに、地元で神楽団の真価を認めてもらう事が、何故、こんなにも、こんなにも大変な事
なのでしょうか。島根にまったく関係のない人達が、これ程までに力を注いで、惜しみなく貢献してくれてい
るというのに、地元の人達は何もしてくれない。安来市の島田市長のように素晴らし
い救世主が、何故、雲南市には現れないのでしょうか。
私がこんなにも魅了された神楽が今、絶滅しかけているのに、この危機を切実に感じているのは世界中で私一人であるような虚しささえ
感じる時があります。島根となんの関係もない私がこんなに頑張って訴えているのに、島根県の人も、雲南市
の人も、大東町の人も、誰も彼もがみな他人事で、まった
くの無関心か、関心があったとしてもせいぜい「頑張ってね!」と応援する程度。神楽団の家族でさえ、「じゃあ、自分も親父と一緒に神楽をやろう!」と立
ち上がる息子や娘が出て来ないし、神楽団員自身ですら、「後継者がいなくて困っている」と言っているだけで、実際には新人発掘のための直接的活動を自発的
に行うわけでもない。つまり島根には「まずはこの自分が立ちあがらなきゃいけないんだ!」と自ら自主
的に行動を
起こす人が誰もいないのです。それは恐らく島根の「出る釘は打たれる」という厳しい掟のせいであろう事は私にも薄々は察せられるのですが、とにかく地元の人達を動かす事がこんなにも難しい事であると
は、活動を始めた時の私にはとても予測しれきない事でした。
スタートラインにいた時の私は「海外公演達成がゴールだ」と信じ込んで、そのゴールを目指して一目散に走ってきました。
けれど
実際にゴールインしてみたら、そこは本当のゴールではなかったのです。でも本当のゴールがまだそのずっと先にあった事はスタートラインに立っていた時の私には見えなかったのであり、ここまで来たからこ
そ初めてそれがわかったのだから、仕方がありません。
結
局、海外からどれだけ私が努力を続けてもザルで水をすくうようなもの。
島根に住民票もなければ選挙権もない、納税もしてない私が、いくら海外から喉が潰れて声が出なくなるまで叫び続けても、その声は島根までは届かないのだ、
と
いう事が痛いほどよくわかりました。「よし、それなら私は書いてやる! 私のこの悔しい思い、切実な願い、私が体験した素晴らしい神楽の事をすべて筆にぶつけて書いて書いて書きまくる!」 と、この新年に、そう決意した私なのでした。
筆:滝つぼ 2008年1
月
執筆
私達が目指す究極の目的は「後継者の育成」です。「ドイツ公演の成功」⇒「後継
者の育成」の間に「地元での評価」というステップが必要であった事を自分でもすっかり忘れておりました。
私が
2006年7月に執筆した「海外公演の意義」という原稿には、
海外で公演をし、外国で高く評価され、多くの話題を呼び、脚光を浴びる事で、
地元の人達に神楽の真価に気がついてもらい、行政や地元の権力者や市民達に積
極的に神楽の後継者の育成に力を注いで欲しい。そのために私は海外公演を実現させようとしているのです。
と、ちゃんと明記されています。人間、忘れないうちに、何でも書いておくものです。
以前に立てた私のこのプランによれば、「ドイツ公演の成功」⇒「外国での高い評価」というところまでは、
私達は確実に達成したのであり、よく考えれば、ドイツ公演は失敗だったのではなく、「外国での高い評価」を達成した後、私達は次
のステップに進まなければいけない段階に入っているだけだったようです。ただ、私とし
ては正直なところ、「海外から私がやってあげれる事には限度があるんだから、ここまで達成した後はもう地元で自発的にやって欲しい」という気持ちがあった
のでした。
それでなくとも私はドイツでは、「本来は島根が自分たちでやるべき事を貴女が手取り足取り全部やってあげてしまっているから、甘えてしまって島根の自主性が育たないのだ。島根を駄目にしてい
るのは、他でもない貴女だ!」という種の非
難をあちこちから散々浴びながら活動して来たので、前回の公演が終わった時点で私は一旦手を引いて、神楽団の自発的な動きを静かに見守る事にしたのでし
た。
私自身、2007年の公演を終えた後はビジネスに夢中になり、「ビジネスの成功」という目標に向かって全身全霊をかけて取り組んでいたので、そう言えば自分は以前は「神様に与えられた使命だ」とか言って、崇高な目標のために私利私欲を捨てて惜しみなく働いていた人だったんだっけ、という事す
ら、自分でも遠い昔の懐かしい思い出となってしまっていたのです。そして、すっかり「利潤追求型人間」
に
変身してしまった私にはもうかつてのように「神様からのサイン」も何も来なくなってしまったので、神楽については一体自分がどうすればよいのか、自分でも皆目検討がつかなくなっていたので
す。
しかし、この年末年始のお休みに比較的ゆっくりした時間が取れた私は再び「自分と神楽との関わり方」について見つめ直す機会を得る事になり、自分が昔、夢
中で神楽の活動に取り組んでいた時に執筆した原稿を自分で読み返してみたのです。そして「私って、こんなに純真だったんだな〜」と、今更ながら自分で自分に感動したのでした。その途端、私は何だか無性に「書きたい」という執拗な欲求に襲われてしまい、それからというもの、まるで何かに捕りつかれたかのよ
うに根を詰めて次々と原稿を執筆し続けているのです。
2006年7月に書いた原稿と2008年1月現在に書いている原稿を読み比べると、私自身が大きく変化している事がよくわかります。以前の私は純真で希望
に溢れ、「頑張って努力していれば必ず報われる時が来る」という「明るい未来説」を手放しで信じでおり、批判的な言葉はできるだけ避けると共に、万人受けする事を狙って「神の存在」についてはできるだけ触れずにサラッと流す、
という方針で執筆していたようでした。しかし、今の私ははっきりと現状の問題点を指摘し、私の霊的な経験についても堂々と真実を書いています。
よく、発展途上国への援助の方法として、「ただ魚を与えるのではなく、魚を取る方法を教えてやって、自分達が自分達の力で自活できるように導くのが本当の
意
味での援助である」という言葉をよく耳にするものです。確かに以前の私の活動は、「ただ魚を与えるやり
方」
であったと思います。しかし、「具体的に今後どうすれば神楽を発展させて行く事ができるのか」という事についての答えを知っているわけではない私には、そ
の答えを教えてあげる事はできません。特に外国生活の長い他所者の私が「こうしたらいいじゃん!」と簡単に思う事でも、島根の事情にはそぐわない場合も多
いので、具体的な解決策が私には見えないのです。だから私にできる事はただ自分の憤りや焦燥感、神楽への思いをそのまま正直に文章に書く事だけなのです。
「よし。今年は神楽の事を本にしよう。」このお正月に、ふと、そう頭に浮かんだのでした。もしかしたらこれは久しぶりに戴いた「神様からのサイン」なのか
も知れません。私のアンテナも最近
ちょっと錆付いちゃっているので、以前のような確信めいたものはないのですが、しかし普通の常識で考えて
も、それが唯一、海外に住む私が海外にい
ながらにして島根の神楽団のためにやってあげられる事だと思います。
私の本を読んで心を動かされた島根の誰かが立ち上がり、いつの日か「あんたは他所者だから何もわかっちゃいないんだ。いいから俺達の事は俺達に任せろ!」
と言って私を追い出して、自分達の地元で対策を考えて、自分達自身の力で神楽を発展させていってくれる事を願いながら、毎
日、必死で原稿を執筆している最近の私なのでした。
筆:滝つぼ2006年7月
執筆
海外公演を企画し、それを実行する事は想像以上に大変な事です。こんなに大変な
思いを
して、こ
んなに沢山のお金を使って、こんなに大勢の人達を巻き込んで、それでもなお「海外公演を実施させたい」という思いは、一体どこから沸いて来るのでしょう
か。
色々な方々の協力を得て実現できる海外公演。協力してくれる人達にとっての思惑
は、それぞれの人や立場によって異なります。「海外で公演する意義=文化交流」という考え方が最も一般的ですが、私自身にとっては「神楽の後継者を育成する事」が最終的に達成したい目的であ
り、「海外公演はそれを実現させるための単なる一つの手段にしか過ぎない」と考えています。
50代、60代がメンバーの大半を占める神楽団には、本来主流となるべきである30代、40代のメンバーが欠落しています。神楽の舞いが身体に染みるまで
には長い年月がかかる事を考えれば、「後世に神楽を伝承すべきはずの若い世代の欠落」は神楽団にとっては深刻な問題です。
にも拘らず、地元での神楽への認識は「あって当たり前のもの」。世界を舞台にし、言葉や文化を越えて海外でも人々を感動させる神楽が、現在地元で受けてい
る評価のあまりの低さには、時には憤りすら覚える程です。地元の人達は「神楽はこんなにも素晴らしいものなのだ」という価値もわかっておらず、「それが今
やこんなにも危機にさらされているのだ」という現実への認識も大変薄いのです。
神楽団のメンバーは、神楽の舞は天下一品でも、所詮は「田舎のおじちゃん達」で
あり、「芸人」です。このまま彼らの自主性だけに任せていたのでは無理である事は目に見えており、行政が積極的にリーダーシップを取るべき事であると私は
思います。
海外で公演をし、外国で高く評価され、多くの話題を呼び、脚光を浴びる事で、地元の人達に神楽の真価に気がついてもらい、行政や地元の権力者や市民達に積
極的に神楽の後継者の育成に力を注いで欲しい。そのために私は海外公演を実現させようとしているのです。
筆:滝つぼ2006年7月
執筆
第6話 2005年のドイツ公演

|
1月19日(土)6時〜10時
20
ユーロで食べ放題!
(飲み物、デザートは別)
ドイツ人と日本人の交流の夜!
ジャズの生演奏、カラオケなど
楽しい企画が盛りだくさん!
大漁マグロ祭り
トルコから畜養ホンマグロが
大漁に入荷しました!
市場を通さず直輸入なので、
格安です!
|